健康コラム COLUMN

【魂が打ち震えた⑤】愛媛 香川 四国中央市 新居浜 西条 自然薬 漢方薬 漢方 生理痛 更年期 ストレス 自律神経

平成31年9月17日

こんにちは!ヒロシです。

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くすり屋を40年もやっていますと、いろいろな人達との出会いがあります。

その中でも忘れることの出来ない人たちがいます。

 

その人達との出会いが今の鈴木薬局を形作ったと思っています。

今回は私の人生に大きく影響を与えた「講演」の世界をお伝えしたいと思います。

 

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東京に出てたまたま焼き鳥屋さんでたまたま隣同士に座った田端さん。

田端さんに強烈に惹かれ田端さんと5人の仲間たちと一緒に行商をしながら夜は人生の勉強を。

そんな中、田端さん自身が学生ベンチャーでガンガン稼いでいた話を聞きます。

そして会社が立ち回らなくなり倒産。

そんな時に父親が亡くなったという連絡が届きます。

教師をしていたお父さんの葬儀には800名を超える人が全国から来られ、本気でお父さんの死を悲しんでくれて

「あんたのお父さんのおかげで・・・」

という言葉を次々にかけられた。

 
俺なぁその時に思ったんだよ。

「俺の中にはこんなすごい親父の血が流れているんだ!会社が潰れたくらいでへこたれてる場合じゃない!もう一度立ち直るぞ!」ってな。

正直、悲しみよりも、この親父の子供なんだと言う誇りのようなものを感じたよ。

 

中村!よーく覚えとくといい。親というのは無くなる時は子供にとっていい時にしろ悪い時にしろ、一番いいタイミングで最高のメッセージを残していってくれる。

 

俺の場合は会社を潰して失意のどん底だった時だった。

今から思えば親父の死が俺を蘇らせてくれたと思ってるよ。」

 

田端さんはこれが転機となって考え方を改め、今の生き方に繋がっていきます。

そして「気づき」を得た田端さんの厳しい人間教育の中で彼らは次第に人間力をつけていきました。

 

例えばこんなことを叩き込まれる修行の日々が続きます。

・返事は0.2秒!

・頼まれごとは試されごと!

・できない理由を言うな!

・相手の予測を上まわれ!

 

この6人がただの行商軍団で終わるわけがありません。

ある日のこと、田端さんから呼び出された中村青年。

「おい中村!今度六本木にショットバーをオープンさせる。お前、バーテンの修行に〇〇ホテルに行ってこい!」

反射的に「はいっ!」

と0.2秒で返事をした中村青年。

〇〇ホテルとは聞くと誰でも知っているような超一流ホテルです。

何の経験も知識も無い中村青年。

さてさて、どうなることやら・・・

その時時代は静かにバブルへ突入していました。

 

つづく・・・

【魂が打ち震えた④】愛媛 香川 四国中央市 新居浜 西条 自然薬 漢方薬 漢方 生理痛 更年期 ストレス 自律神経

平成31年9月9日

こんにちは!ヒロシです。

c_staff_pic01

くすり屋を40年もやっていますと、いろいろな人達との出会いがあります。

その中でも忘れることの出来ない人たちがいます。

 

その人達との出会いが今の鈴木薬局を形作ったと思っています。

今回は私の人生に大きく影響を与えた「講演」の世界をお伝えしたいと思います。

 

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東京に出てたまたま焼き鳥屋さんでたまたま隣同士に座った田端さん。

田端さんに強烈に惹かれ田端さんと5人の仲間たちと一緒に行商をしながら夜は人生の勉強を。

そんな中、田端さん自身が学生ベンチャーでガンガン稼いでいた話を聞きます。

そして会社が立ち回らなくなり倒産。

そんな時に父親が亡くなったという連絡が届きます。

 

 
不幸って重なるもんだなあ・・・

あるだけの金をかき集めて片道の切符だけ買って熊本に帰ったよ。

親父の葬式はすごかった!

800人以上の人が全国からきてくれた。

みんな本当に悲しんでくれる人たちばかりだった。

人は亡くなった時にその人の偉大さがわかると言うけど、俺の親父はまさにそんな人だった。

 

俺の親父の話、聞いてくれるか?

俺の親父はな、どうしても学校の先生になりたい!と子供の頃から思ってたんだ。

でもなぁ家が貧しくて高校にも行けん。

ほとんどの子が中卒で働いて家計を助けていた時代だった。

そんな時代の中で、親父は昼間、工場で働いて夜間高校に通っていた。

でも高校生が昼間働いたくらいで大学にいく金なんか貯まるわけがない。

だれもが生活するので精一杯の時代だった。

工場で働いているうちに親父はいろんなことを学んだんだ。

いい事も悪い事も。

そしてあることを知ってしまった。

工場で怪我をすると、それも大怪我だと、労災保険から大金をもらうことが出来る。と言うことを。

 

そして親父はある日やってしまった!

働いてる機械の中に手を入れてしまったんだ。

バリバリバリ!指3本が潰れて機械は止まった。

親父は指3本と引き換えに大学に行ったんだ。

 

そこまでの気持ちで先生になった親父に教えられた教え子達が親父の死を知って全国各地から集まってくれた。

「あんたの親父さんがいなかったら今の俺はないよ」

「親父さんには勉強医学のことをたくさん教えてもらったよ。その教えが社会に出てもものすごく役に立ってる」

と涙を流しながら何百人もの教え子達が親父の死を心から悲しんでくれた。

 

つづく・・・

【魂が打ち震えた③】愛媛 香川 四国中央市 新居浜 西条 自然薬 漢方薬 漢方 生理痛 更年期 ストレス 自律神経

平成31年9月3日

こんにちは!ヒロシです。

c_staff_pic01

くすり屋を40年もやっていますと、いろいろな人達との出会いがあります。

その中でも忘れることの出来ない人たちがいます。

 

その人達との出会いが今の鈴木薬局を形作ったと思っています。

今回は私の人生に大きく影響を与えた「講演」の世界をお伝えしたいと思います。

 

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幾度となく講演を聞いてきましたが、

初めて自然と涙が溢れた中村文昭氏の講演を紹介します。
三重県の山奥の小さな村(村民よりも山猿の方が多い村)で育ち、自然のん中が遊び場。おやつは自分で調達する。

そんな山奥での生活に嫌気がさして、高校卒業を待ちかねて兄を頼って家出同然で東京に行きます。

東京のとある焼き鳥屋さんでたまたま隣同士になった田端さん。

田端さんの口癖は「なんのために?」

今まで自分の中になかった考え方に強烈な魅力を感じた中村氏は田端さんのところに身を置くことになりました。

 

 

田端さんは当時26才。

いろんなことがあって中村氏と会って時には、3台の軽トラを使って野菜と果物の行商をしていました。

ワケありの若者4名と田端さんの合わせて5名で。

車庫の上の12畳の部屋に中村氏を入れて6名が寝起きし、風呂は週に1回だけ。

1日300円で暮らす貧乏暮らしですが、行商を終えて部屋に帰ってくると田端さんの熱い話が始まります。

中村氏はその話を目を輝かせて聞いていたそうです。

 

西郷隆盛や坂本龍馬、松下村塾を開いた吉田松蔭の話など学校では絶対教えてくれなかった話ばかりです。

そこには田端さんが口癖のように言っている「何の為に・・・」が必ずある。

坂本龍馬が何の為に脱藩までして明治維新に命をかけたのかがちゃんとありました。

 

生活は貧しかったけど、熱い想いがフツフツと湧き上がって来て、毎日が新鮮だったそうです。

毎日いろんな話が語られる中で、田端さんが「何の為に今の仕事をしているのか?」を語ってくれたことがありました。

 

「あのなぁ・・・俺早稲田大学時代の学生時代にベンチャー会社を起業してな時代もあったけどトントン拍子にうまくいって、

やることなすことうまくいったわけよ。

おもしろいように会社は大きくなって社員もどんどん増えていった。

そうするとな、どんどん鼻が伸びていくわけ。

人の話なんか聞かなくなる。

俺のやることが一番なんだ!横からウダウダ言うなよ!ってなるわけだよ。

今から思えばなんとも鼻持ちならない若造になっていたわけよ。

そしてまるで絵に描いたように会社は立ち行かなくなって22才の時に倒産。

上手くいってるとき時はいろんな人が集まってくるけど、上手くいかなくなったら蜘蛛の子を散らすように周りから人がいなくなったよ。

その代わりに借金取りが追いかけてきて天国から地獄へ真っ逆さま。

22才で億という借金を背負うことになった。

そんな時だよ。熊本の実家の親父がなくなったと連絡がきたのは。

 

 

つづく・・・