健康コラム COLUMN

【魂が打ち震えた③】愛媛 香川 四国中央市 新居浜 西条 自然薬 漢方薬 漢方 生理痛 更年期 ストレス 自律神経

2019年9月3日

こんにちは!ヒロシです。

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くすり屋を40年もやっていますと、いろいろな人達との出会いがあります。

その中でも忘れることの出来ない人たちがいます。

 

その人達との出会いが今の鈴木薬局を形作ったと思っています。

今回は私の人生に大きく影響を与えた「講演」の世界をお伝えしたいと思います。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

幾度となく講演を聞いてきましたが、

初めて自然と涙が溢れた中村文昭氏の講演を紹介します。
三重県の山奥の小さな村(村民よりも山猿の方が多い村)で育ち、自然のん中が遊び場。おやつは自分で調達する。

そんな山奥での生活に嫌気がさして、高校卒業を待ちかねて兄を頼って家出同然で東京に行きます。

東京のとある焼き鳥屋さんでたまたま隣同士になった田端さん。

田端さんの口癖は「なんのために?」

今まで自分の中になかった考え方に強烈な魅力を感じた中村氏は田端さんのところに身を置くことになりました。

 

 

田端さんは当時26才。

いろんなことがあって中村氏と会って時には、3台の軽トラを使って野菜と果物の行商をしていました。

ワケありの若者4名と田端さんの合わせて5名で。

車庫の上の12畳の部屋に中村氏を入れて6名が寝起きし、風呂は週に1回だけ。

1日300円で暮らす貧乏暮らしですが、行商を終えて部屋に帰ってくると田端さんの熱い話が始まります。

中村氏はその話を目を輝かせて聞いていたそうです。

 

西郷隆盛や坂本龍馬、松下村塾を開いた吉田松蔭の話など学校では絶対教えてくれなかった話ばかりです。

そこには田端さんが口癖のように言っている「何の為に・・・」が必ずある。

坂本龍馬が何の為に脱藩までして明治維新に命をかけたのかがちゃんとありました。

 

生活は貧しかったけど、熱い想いがフツフツと湧き上がって来て、毎日が新鮮だったそうです。

毎日いろんな話が語られる中で、田端さんが「何の為に今の仕事をしているのか?」を語ってくれたことがありました。

 

「あのなぁ・・・俺早稲田大学時代の学生時代にベンチャー会社を起業してな時代もあったけどトントン拍子にうまくいって、

やることなすことうまくいったわけよ。

おもしろいように会社は大きくなって社員もどんどん増えていった。

そうするとな、どんどん鼻が伸びていくわけ。

人の話なんか聞かなくなる。

俺のやることが一番なんだ!横からウダウダ言うなよ!ってなるわけだよ。

今から思えばなんとも鼻持ちならない若造になっていたわけよ。

そしてまるで絵に描いたように会社は立ち行かなくなって22才の時に倒産。

上手くいってるとき時はいろんな人が集まってくるけど、上手くいかなくなったら蜘蛛の子を散らすように周りから人がいなくなったよ。

その代わりに借金取りが追いかけてきて天国から地獄へ真っ逆さま。

22才で億という借金を背負うことになった。

そんな時だよ。熊本の実家の親父がなくなったと連絡がきたのは。

 

 

つづく・・・

【魂が打ち震えた②】愛媛 香川 四国中央市 新居浜 西条 自然薬 漢方薬 漢方 生理痛 更年期 ストレス 自律神経

2019年8月5日

こんにちは!ヒロシです。

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くすり屋を40年もやっていますと、いろいろな人達との出会いがあります。

その中でも忘れることの出来ない人たちがいます。

 

その人達との出会いが今の鈴木薬局を形作ったと思っています。

今回は私の人生に大きく影響を与えた「講演」の世界をお伝えしたいと思います。

 

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幾度となく講演を聞いてきましたが、

初めて自然と涙が溢れた中村文昭氏の講演を紹介します。
三重県の山奥の小さな村(村民よりも山猿の方が多い村)で育ち、自然のん中が遊び場。おやつは自分で調達する。

そんな山奥での生活に嫌気がさして、高校卒業を待ちかねて兄を頼って家出同然で飛び出すわけです。

「何になりたい」とか「何をしたい」という思いは何もなくただただ大都会東京へ向かいます。

 

中村青年は18才になったばかりでした。

色々なアルバイトをしながら大都会東京に住んでいる。ただそれだけで幸せでした。

 

ところがそんな中村青年の人生を大きく変える人、田端さん(当時26歳)と出会うことになるのです。

 

工場現場の日雇いのアルバイトを終えて、ある焼き鳥屋でたまたま隣の席になったのが田端さんでした。

妙に気があってまるで旧知の先輩後輩であるかのようにいろんな話で盛り上がりました。

田端さんの口癖は「あなたは何の為に東京に出てきたんだい?」から始まって次から次へと

 

「何の為に…?」

「何の為に…?」

と質問してくるのです。

 

中村青年は言葉につまります。

「何の為に東京へ?」

「東京に来たらたくさんお金を稼げるから…」

「じゃあその稼いだお金は何の為に使うんだい?」

「え!?まぁ好きな服や靴や…えっと色々買いたいし」

「じゃあ君は服や靴を買う為に働いてるんやな?」

「いえ…そういうわけでは…」

「じゃあ君は何の為に働いているんだい?」

「えーっともっと稼げたら車を買ったりマンションに住んだり…かなぁ」

「そうか…君はお金のために東京に出てきて、お金のために働いてるんかい?」

「え!?まぁ…そんなもんです」

「なんだい!君はお金のために働いてるのかい?さみしいねぇ」

そんな質問をされたら誰だって戸惑いますよね。

私だって中村青年と同じようなものです。

 

ところが…純朴な中村青年はそんな田端さんに魅了されてしまいます。

これが人と人との出会いなんですね。

そして、田端さんからとんでも無いことを指示されます。

「中村くん、試しに「あなたは何の為に働いてるのですか?」と道ゆく人たちに教えてもらってください。きっと答えを教えてくれるよ」

 

純朴な中村青年は街ゆく人に街頭インタビューをします。

 

「あたなは何の為に働いてるのですか?僕に教えてください」

「え!?何なんだよ!お前は!そりゃあ決まってるだろ!生活の為だよ!」

「え!?なんなの宗教の勧誘?」

と怪訝な顔で逃げていく人もいます。

 

親切な方は田舎者の青年にちゃんと答えてくれる人もいました。

「あのね兄ちゃん。君も大人になったらわかると思うけど、家庭を持つと家族を養わないといけないんだよ。

お金もたくさん必要になる。

なんだかんだ大変なんだよ。

家族を養う為に働いてるのかなぁ…」と。

 

ほとんどの人たちは何も考えず流れ任せで働いてるのがわかりました。

田端さんのいうように何か大きな目標や夢を持ってその為に働いている人の方が本当に少ないのです。

 

「僕は何の為に働いているのだろう?」

「何の為に…?」

この言葉が中村青年の頭の中をグルグル巡り始めました。

 

この出会いがきっかけとなって中村青年は田端さんのところに身を置くことになります。

 

一体この田端さんって人物は何者なのでしょう?

そしてこの中村青年と田端さんはどんな人生を歩んでいくのだろう・・・?

 

つづく・・・

【魂が打ち震えた①】愛媛 香川 四国中央市 新居浜 西条 自然薬 漢方薬 漢方 生理痛 更年期 ストレス 自律神経

2019年7月29日

こんにちは!ヒロシです。

c_staff_pic01

くすり屋を40年もやっていますと、いろいろな人達との出会いがあります。

その中でも忘れることの出来ない人たちがいます。

 

その人達との出会いが今の鈴木薬局を形作ったと思っています。

今回は私の人生に大きく影響を与えた「講演」の世界をお伝えしたいと思います。

 

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私は昔から人の話を聞くのが大好きです。

情報も目から入るよりも耳から入ってくる方がよく頭に入ります。

その中で自然に涙が溢れてきた講演が一つだけあります。

それは「かわいそうだから」でも「悲しいから」でもなく魂が感動で震えた涙でした。

 

その方の講演を初めて聞いたのは友人からもらった一本のテープでした。

 

当時(2009夏)私は博多の研修会にいく列車の中でした。

九州までの長旅の間、退屈しのぎに友人からもらったテープでも聴きながら行こうと聴き始めたのです。

その方が何者なのか?どんな内容なのかも全く何も知りませんでした。

ただただ時間つぶしに聴き始めただけでした。

 

その方の名前は中村文昭。

とても人懐っこくてフレンドリーな話し方に5分もすると中村氏の世界に引き込まれて行きました。

(まるで落語家の話のように目の前に情景が浮かぶうようでした)

 

瀬戸大橋を渡り始めたのは覚えているのですが、そのあとはいつどこを通過したのかもわかりません。

(それほど引き込む力のある話でした)

気づけば、わけのわからない涙が次々と溢れてきて、周囲の人に気づかれないようにハンカチで涙をぬぐっていました。

話の内容が「かわいそうだから」でも「悲しいから」でもありません。

私にもなんの涙かはわからないのですが、次から次に溢れてきます。

 

中村氏の語りは朴訥として感動させようなんて微塵も感じさせず本当に自然体なのです。

でもその語りには溢れんばかりの熱い情熱に溢れていました。

 

今、どっちを向いてもいい話はありません。

そんな中で中村氏の語りは何か希望鵜を持たせてくれる、

昔、若かりし頃の情熱を再び燃え上がらせてくれるそんな熱い気持ちに涙があふれ出したのだと思います。

 

次回から少しずつその時の中村文昭氏の講演内容を書いていきたいと思います。

 

つづく・・・